再建する伝統菓子
2026-04-28 12:03:58

厳しい現実を乗り越えた大学生が再建する伝統菓子の物語

脱廃業の危機!現役大学生の再建劇



兵庫県朝来市の伝統菓子「ぽんせん」を巡る物語は、数々の試練を乗り越えた青年の挑戦の歴史です。35年前、初代髙橋保清が「誰もが食べられる健康なお菓子」をテーマに、砂糖不使用の製法でぽんせんを製造する会社、マルサ製菓が設立されました。初代は独学で製造機の半自動化に成功し、時代を先取りしたビジネスモデルを構築しました。この伝統を受け継いだ2代目、佐賀正明もまた、その技術を大切にしつつ、1990年代には月間40万枚を誇る全盛期を築き上げました。しかし、近年の同社は多くの困難に直面しました。

突然の火災と家族の病



2019年には工場が火災に見舞われ、二人三脚で守り続けてきた製造ラインが甚大な被害を受けました。この危機に、当時大学2年生だった3代目、佐賀建斗が急遽家業に参加することになります。火災の影響で、毎月100万円の赤字が続くこととなり、経営が困難な状況に突入しました。さらに2021年には、家業を支えてきた母が脳梗塞で倒れるという追い打ちがかかります。

これらの逆境に直面した建斗は、危機感を強く持ち、伝統を絶やしてはいけないとの使命感から、問題解決に向けた行動を開始しました。しかし、その道のりは決して容易ではありませんでした。

現代的なアプローチで立ち上がる



建斗は、新たな設備を導入するために数千万円の資金を調達する必要がありましたが、同社にはその余力がありませんでした。廃業の二文字が現実味を帯びる中、彼は「おっさんグッズ」を販売し資金を生み出す一方、東京でアルバイトを掛け持ちしながら修行を重ねました。自己資金もカードローンの限度額まで注ぎ込み、背水の陣で会社の存続を試みたのです。

さらに、2021年からはSNSを駆使して自らの状況を発信し始め、2ヶ月で1万人以上のフォロワーを獲得。クラウドファンディングを通じて300万円以上の支援を集め、現代的なマーケティング手法も取り入れました。これによって、製造工程の属人性を解消し、持続可能な制作体制への転換を果たしました。

伝統の再生と地域との繋がり



2024年10月、念願の新設備を導入し再び営業を再開したとき、ぽんせんはかつてない輝きを放ちました。また、マルサ製菓は単なる菓子メーカーではなく、地域活性化の一環として様々なコラボレーションを展開しています。

例えば、西宮市のプリザーブドフラワー専門店とのコラボレーションにより、アニマルモチーフのフラワーBOXとぽんせんをセットにした母の日ギフトを創出。また、地元の特産品である岩津ねぎを使った新しい味付けの開発や、同じ朝来市の醤油蔵と組んだ特産品セットの展開など、地域経済の活性化にも貢献しています。

若い世代の希望を届ける



佐賀建斗は「伝統を守るだけではなく、それをどう育てていくかが重要」という思いを持っています。彼の言葉には、新しい挑戦を通じて地域や同世代に希望を届けたいという強い願いが込められています。

日本の多くの菓子メーカーが高齢化と後継者不足に悩んでいる中、建斗の挑戦が次の世代への光明となることを願ってやみません。これからも、マルサ製菓の物語とともに、伝統と新しさが融合した味わいを楽しむことができるでしょう。


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